岐阜地方裁判所 昭和35年(む)16号 判決 1960年7月30日
被告人 柘植利郎
決 定
(被告人氏名略)
右の者に対する強姦被告事件に付、当裁判所が言渡した判決による刑の執行に関し、検察官の処分を不当とし異議の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
当裁判所が被告人に対し昭和三五年三月一五日言渡した強姦被告事件判決につき、検察官は、被告人の昭和三五年五月二二日付書面による控訴の取下に基く判決確定を理由に、その執行指揮をなすことを得ない
理由
本件異議申立の理由は、被告人代理人弁護士鷲見勇平作成名義の「刑執行異議申立」と題する書面に記載のとおりであるからここに之を引用する。
仍て按ずるに、被告人は、強姦被告事件につき、昭和三五年三月一五日当裁判所に於て、懲役一年六月の判決の言渡を受け、該判決に対し、即日名古屋高等裁判所に控訴の申立をしたが、其の後同年五月二四日同裁判所に対し、被告人作成名義の控訴取下を内容とする書面が提出受理せられ、同月二六日同裁判所は名古屋高等検察庁に対し、控訴取下のあつた旨通知をなしたので同庁検察官は、同年五月二七日岐阜地方検察庁多治見支部検察官に対し、前記懲役刑の執行指揮の嘱託をなしたので同検察官は同年六月三日該刑の執行の為呼出をなしたことは、右控訴事件の記録及び岐阜地方検察庁多治見支部検察官の回答書により明かである。そこで前記被告人名義の控訴取下を内容とする書面が被告人の許諾なしに同人の父柘植重郎によつて無断で提出せられたものであるか否かにつき審究するに、証人柘植重郎、鈴村悦治の各尋問調書、被告人の質問調書、並びに控訴事件記録、特に控訴取下を内容とする書面を綜合すると、被告人は、強姦被告事件に付当裁判所に於て昭和三五年三月一五日懲役一年六月の判決の言渡を受け、直に収監せられた為被告人の実父柘植重郎は県会議員鈴村悦治に対し被告人の身柄の事に付相談したので同人は鷲見弁護人に依頼し被告人を保釈出所させて貰つたのであるが、其の際右鈴村悦治は、何か誤つて被告人に於て三年間無事故の時は刑の執行を受けない旨を聞知したので前記柘植重郎に其の旨を伝えおいたのであるが、其後昭和三五年五月二〇日頃、被告人は、名古屋高等裁判所から控訴審における弁護人選任方等の通知を受けたので之に付父柘植重郎に相談をなしたところ、同人は、被告人に対し三年間無事故であれば刑の執行を受けることなく、且弁護士を依頼するには費用も要する事故、控訴を取下するがよい旨説得したが、被告人は明確な承諾を与えず住込先へ戻つたので、柘植重郎に於て期限があり放置しておけぬところから同月二二日被告人名義を冒用して控訴取下を内容とする書面を作成して名古屋高等裁判所に宛発送したものであり、且被告人には控訴を取下げる意思は全くなかつたことが認められる。
前叙の如き次第であるから、被告人の意思にかかわりなく、被告人名義を冒用してなされた控訴の取下は何等効力を生ぜず、前記被告事件は現在尚名古屋高等裁判所に係属しておるものと認むべきであるから、控訴取下の有効を前提として為された検察官の刑執行指揮の嘱託、及び之に基く刑執行の為の呼出は不適法であつて、本件異議申立は理由があるものと認め主文のとおり決定する。
(裁判官 石田恵一 来間隆平 上野精)